- YAGレーザーとは
- 固体レーザーの仲間
- YAG結晶
- 発振の仕組み
- 励起光源
- 集光器
- 固体レーザー共振器
- 連続発振、パルス発振
- パルス発振―Qスイッチ
- レーザーの増幅/レーザー増幅器
- 非線形光学素子(NLO=Non-Linear Optical Device)
- 連続発振
YAGレーザーとは
ヤグレーザーと発音する。1961年に初めて発振されたルビーレーザーと同じカテゴリに入る固体レーザーであり、最初のレーザーであるルビーレーザーの3年後に発振が確認された。
YAGレーザーは、現在のレーザーの中でもっとも守備範囲が広く、多方面に使われているレーザーである。
小規模のレーザーから大出力のレーザー、パルスレーザーから連続発振、赤外から可視光まで、光ファイバによる取り回しの良いレーザーとして、材料加工、医療用、ホログラフィ、レーザーライトシート光、LIF(レーザー励起蛍光法)、ラマン分光分析、高速度カメラのストロボ光源、アルゴンレーザーの代替などに使われている。
これだけ広範囲に使われるようになった固体レーザー(特にYAGレーザー)の主要因は、固体レーザーを励起する光源に高効率の半導体レーザーが使えるようになり、コンパクトで出力の高いレーザーができるようになったことである。
固体レーザーの仲間
固体レーザーとして世界で最初に発振したルビーレーザーは、赤色(λ=694.3nm)のパルス発光であって、連続発光ではなかった。
ルビーは、発振ロッドとしては決して条件が良いものではなく、現在では赤色で強いレーザー光が必要なとき以外は使われなくなっている。
ルビーレーザーに使われるルビーロッドは、自然界から産出される天然のものではなく人工で作られる。
天然石は不純物が多く含まれていてレーザー発振には向かないためである。
レーザーに使うルビーは、アルミニウムの酸化物に0.01~0.5%のクロムを入れて合成したものである。
そもそもアルミ酸化物はサファイアと呼ばれていて無色透明である。
これに少量のクロムを混ぜるとピンク色になりルビーとなる。
ルビーレーザーは、励起のメカニズムの観点から3準位レーザーと呼ばれている。
以下に述べるYAGレーザーが4準位レーザーであるのに対して、3準位レーザーは発振の効率が悪いという特徴を持っている。
3準位の3つの準位とは、ポンピング光で反転分布ができる準位と安定状態に達する準位、それに基底状態の3つのエネルギー準位をいう。
3準位レーザーでは、基底状態と励起状態のエネルギー準位の差でレーザー発振が行われ、発振されたレーザー光の一部は基底状態の原子に吸収され原子の励起に再度使われてしまう(下図を参照)。
したがって、ポンピング光には吸収分を見込んだ極めて強い光を使わないと発振ができない。
ルビー結晶は幸いにも、熱伝導が良く熱に対して強いのでエネルギーの強いクセノンフラッシュを使ってポンピングすることができた。
しかし、熱に強いといっても高い繰り返しで発光を続けるとルビーロッドの熱膨張により歪みが生じ、レーザー光の品質が落ちるので、低い繰り返し発光による発振しかで
きなかった。
YAGレーザーの場合は、ルビーレーザーと違って4準位であり、レーザーの発振する準位が基底状態を取らずワンクッションおいたレーザー下準位になるため基底状態にレーザー光を奪われず効率良い発振が可能となる。
固体レーザーの中には、この他にガラスレーザーと呼ばれるものがある。
ガラスレーザーは、大出力でかつパルスレーザーとしての位置づけが強いレーザーである。
他の固体レーザーではロッドが結晶構造となっているのに対してガラスロッドは溶融して固めて作るため比較的簡単に大きなものを作ることができる。
大型のスラブ構造のレーザーやディスク構造(これらの説明は次項を参照)のものがガラスレーザーで作られるのはこのためである。
ガラスレーザーは複数のレーザーを直列に並べて巨大なエネルギーを作り出す装置として使われている。
大阪大学レーザー核融合研究センターで使われている巨大なレーザーは、ガラスレーザーで作られている。
ガラスレーザーの材質は、珪酸ガラス(発振波長=1.062μm)、リン酸ガラス(発振波長=1.054μm)、石英ガラス(発振波長=1.080μm)などで作られる。
YAG結晶
YAGレーザーのYAGとは、イットリウム、アルミニウム、ガーネット(Yttrium Aluminum Garnet、Y3Ar5O12)の頭文字を取ったものである。
YAGレーザーは、ガーネット石のレーザーである。
YAGの母材にネオジウムイオンを含ませたネオジウムYAG(Nd:YAG= Neodymium doped Yttrium Aluminum Garnet、エヌディ・ヤグと発音する)は、発光効率が良いのでもっともよく使われている。
YAGレーザーは、1964年、米国ベル電話研究所のJ.E.Geusicらによって開発された。
メイマンがルビーで初めてレーザーを発振した3年後のことである。
ベル電話研究所は、レーザー開発に多大なる貢献をしている機関である。
1960年12月(メイマンが発明したルビーレーザーに遅れること7ヵ月)にAli Javanらによってヘリウムネオンレーザーが開発され、1961年にはBoyleとNelsonらによって連続発振のルビーレーザーが発明された。
また、1964年にはC.K.N. Patelらによって炭酸ガスレーザー、さらにまた、1970年には林巌雄、Morton Panishらによって半導体レーザーが開発された。
レーザーのメッカともいえる優秀な研究機関である。
余談であるが、トランジスタそのものの開発もベル電話研究所で行われた(1947年12月)。
CCDカメラで有名になったCCDというデバイスもベル電話研究所で発明されている(1970年)。
現在のコンピュータの根幹であるOSのUNIXもここベル電話研究所で開発された(1968年)。
YAGと呼ばれるガーネット石は、レーザーが着想された当初から有望な素材として注目され、いろいろなところで母材結晶が作られていた。
YAGを使って最初のレーザー発振に成功したのが、ベル電話研究所のGeusicであった。
同年、RCAの研究所からもYAGを使ったレーザー発振の報告がなされている。
YAGレーザーは、YAGの結晶ロッド(ガラスの棒のようなもの)を共振キャビティとした固体レーザーである。
YAGレーザーの基本発振波長は、1,064nmの近赤外であるため、可視光にするために非線形光学素子(この素子については以下にて紹介する)を用いて高調波(基本発振波長の1/2の532nmや1/3の355nm)を作り可視光を得ている。
固体レーザーでは、発振原子がガス原子ではなくガラス状のロッドの中に散在している励起原子(これをゲストと呼んでいる)であるため、強い光を照射させゲスト(発光原子)のプラスイオンを励起させてレーザー発振を得る。
YAGレーザーは、本来的にはパルスレーザーとしての性格が強いレーザーであるが、連続発振も可能であり、コヒーレント性、パルスエネルギーの大きさ、ダイバージェンス(拡がり)性能、使い勝手などが同種の固体レーザー(ルビーレーザー、ガラスレーザー)に比べ優れているため、固体レーザーといえばYAGレーザーをいうことが多くなっている。
YAGレーザーは、基本的にはパルス発振であるが、強い連続光源(キセノンランプや半導体レーザー)を用いれば連続発振が可能である。
発振の仕組み
固体レーザーでは、外部から励起光を結晶ロッドに照射させて誘導放出光を取り出している。
ロッド内部は、入射した光に対して誘導光を発する発光原子(ゲスト)とそれを支える母体(ホスト)から成り立っている。
メイマンが発明したルビーレーザーでは、クロム原子が発光原子(ゲスト)でサファイアが母体(ホスト)であった。
YAGレーザーでは、YAGの母体の中にNd(ネオジウム)発光原子をばらまいたNd:YAGが一般的になっている。
発光原子は、母体の中で一定の間隔をあけて存在する必要がある。
発光原子の密度があまり高いと効率よい発振ができないためであり、その比率は約1%といわれている。
発光素子として使われる原子には、今述べた、クロム(Cr)やネオジウム(Nd)があり、その他に、エルビウム(Er)、ホロミウム(Ho)、セリウム(Ce)、コバルト(Co)、チタン(Ti)などがある。
これらの原子は母体の中ではイオンになっていることが多く、イオン結合(Cr3+、Nd3+、Er3+、Ho3+)によって母体と繋がっている。
3+のイオン状態とは、原子から3個の電子がなくなった状態を指す。
したがってイオン結合による原子(ゲスト)は外部から電子を受けやすいため、これが原子の励起に繋がっている。
発光原子は母体と化学結合をしているため母体の材料が違えば、励起されたエネルギーが基底に落ちる準位も若干異なり、Nd:YAGではλ=1,064nmとなり、Nd:YLFではλ=1,054nmとなる。
発光素子を支持する母体もいろいろな結晶が作られている。一般的なYAGの他に、YLF(イットリウム・リチウム・フッ化物)、YVO4(イットリウム・バナジウム酸塩)、YAlO3(イットリウム・アルミ酸塩)などがある。
母体材料に求められる性質としては、ポンピング光(励起光)とレーザー光の両方の波長に対して透明でなければならないことである。
不透明なものでは光を入れることも発振することもできないからである。
励起光の吸収が大きい母体では、加熱が激しくダメージが大きくなる。
また、母体は熱特性が良好なものでなければならない。
励起光の約1%程度しか発振に関与しないのが通常の固体レーザーにあってはロッドに対する熱対策は重要である。
熱に対して弱かったり特性が変わる母体では安定した発振が望めない。
発振ロッドは、通常、直径数mm、長さ数十mmの丸い鉛筆状のものが使われている。発振出力に対して比較的小さな棒状の形状で、この外側に共振器ミラー
が取り付けられているタイプもある。
また、平行六面体形状のものもあり、これはスラブレーザーと呼ばれている。
スラブレーザーでは、発振光がロッド内部をジグザグに進み発振光路が長く取れるため増幅が大きく取れ大出力発振が可能となる。
溶接加工分野で注目されているレーザーである。
励起光源
固体レーザーロッドを励起させる光源は、キセノンフラッシュランプや水銀灯、クリプトン連続ランプ、半導体レーザーなどが使われる。
連続発振するYAGレーザーでは、非線形光学結晶を用いることにより可視光の連続光が得られるので、ガスレーザーであるアルゴンレーザーに置き換わりつつある。
その理由は、ガスレーザーに比べてYAGレーザーは、レーザー本体自体がコンパクトで、それに関連する電源設備、冷却設備も小規模ですみメンテナンスも容易なためである。
YAGロッドは、内部イオンが励起して反転分布を作るために必要な励起光源波長が580nm、750nm、810nm、870nmとなっている。
この波長成分を持つ強い光をYAGロッドに照射してやればロッド内部に反転分布ができ、1.06μmの種火で誘導放出がおきレーザーが発振する。
YAGレーザーの励起光源は、歴史的に見てみるとキセノンフラッシュが使われてきた。
このランプは、白色光源の光束密度が高い光源で、レーザーが発振するに足る強いエネルギーが得ることができる。
連続発振を行うには、励起光源に連続光源を用いる。これには、タングステン・ハロゲンランプや、クリプトンアークランプ、カリウム水銀ランプがなどが使われた。
これらの光源は、ロッドの励起に都合の良い緑色から赤外域にかけてリッチな発光エネルギーを持っていた。
しかし、連続発光ランプは常時発光をしているため、YAGロッドが受ける熱のストレスを十分に考慮に入れる必要があり、必然的に大出力レーザーを期待することはできない。
最近になって、半導体レーザーに高出力のものが現れ、YAGレーザーの吸収帯域に効率のよい800nm近辺のみを発光する半導体レーザーが利用できるようになったため、励起光源として半導体レーザーを使うことが多くなってきた。
半導体レーザーを励起光源として用いたYAGレーザーは取扱が楽で、エネルギー効率も良いため電源設備に負担をかけず小型で高出力のレーザーができるようになった。
集光器
励起光源からの光を効率よくロッドに照射するために、YAGレーザーでは他のレーザーにはない集光器が設けられている。
歴代の固体レーザーの集光器を見てみると、螺旋形をしたフラッシュランプの真ん中に発振ロッドを配置したり、放物面鏡の集光面にランプをおいて反対側の放物面鏡で光を受け、その集光面に発振ロッドをおいたり、ロッドとランプを抱き合わせるように置いたりといろいろな工夫がなされてきた。
固体レーザーのポンピング光として半導体レーザーが使われるようになって、ポンピング光を発振ロッドに入れる手法が変わってきた。
励起光源用のGaAsAl半導体レーザーは、750~800nmを中心とした赤外発光レーザーであり、このレーザーの持つ発光波長域が励起帯であるNd:YAGレーザーにとってはとても効率よい励起光源となる。
固体レーザーにあっては、励起光は特定の波長しか反転分布に使えないので、それ以外の光は発光に関与せず熱がたまるだけとなり、百害あって一利なしとなる。
半導体レーザーは、その意味では効率よく励起目的に使うことができロッドに与える熱的ストレスを最小限に抑えることができる。
半導体レーザーをポンピング光として使う場合のレイアウトの一例として、下図に示すような発振ロッド端面から入射させる手法がとられている。
ポンピング光が入射する端面には、810nmの光が透過し1.06μmの光を反射させるコーティング処理が施されてる。
この処理によって半導体レーザーからのポンプ光を効率よく発振ロッドに入れ込むことができる。
半導体レーザーは、大出力のものが作りづらいのでたくさんのレーザーを帯状(アレイ状、バー状)に作り、これと発振ロッドを抱き合わせて発振する方法も開発されている。
固体レーザー共振器
YAGレーザーは、ロッドの両端面の鏡面部で光が往復し発振を行っている。
大きな出力のものは、アルゴンイオンレーザー同様、発振ロッドの外側に反射鏡を配置して発振させている。
ロッドはまた励起光源の光エネルギーが強くあたるため高温にさらされる。
したがってロッドは高温場での熱膨張によりロッド内部の屈折率が変わり中心部ほど屈折率が大きく、周辺部で小さくなる凸レンズのような特性を示すようになる。
その屈折の度合いは、連続発振の数W出力レーザーロッドでf=1,000mm、100W出力ではf=数100mmになるといわれている。
したがって、YAGレーザーではロッドにレンズ効果が現れるので光学的な補正が必要になり、ロッド両端を凹面形状に研磨したり外部に補正反射鏡を用いた方法をとっている。
このような理由からYAGレーザーの場合、ロッド内部の熱分布管理が重要なファクタであることがわかる。
ロッドが設計どおりの熱分布をしていないとロッド内部に熱歪みを生じ屈折率が変わり希望する発振ができない。
そこでレーザーを安定して発振させるためにパルスYAGでは、低い周波数(5Hz程度~十数Hz)の発振でウォーミングアップしYAGロッドを暖めている。
連続発振レーザーでも安定した発振ができるまでの時間は必要である。
連続発振、パルス発振
レーザーは、大きく分けて、フラッシュライトのように単発で光る発振と、連続して発振するモードのふたつに分けられる。
発振のタイプはレーザーの種類によって決まる。
レーザーによってはパルスでしか発振できないものと、連続でしか発振しないもの、両方ともできるものがある。
ガスレーザーは連続発振であり、固体レーザーはパルス発振と連続発振、銅蒸気レーザーなどの金属蒸気レーザーやエキシマレーザーはパルス発振である。
金属蒸気レーザーやエキシマレーザーは強い励起光を入れないと反転分布が得られないため高電圧、高電流、短時間で高周波スイッチングができるサイラトロンを利用して発振させている。
ガラスレーザーや出力の高いYAGレーザーもパルス発振である。
パルス発振と連続発振は、レーザー自体の発振原理による固有のものである場合と、使用する目的によって連続レーザーをパルス発振に変換する場合がある。
パルス発振の特徴は、発振周波数を変えることによりレーザー出力光を制御することができたり、1発あたりの発光エネルギーを強くすることができるため、照射物体に精度のよいレーザーエネルギーを照射することが可能となる。
また、パルス発光では、発光エネルギーのピーク値が高いため、平均出力が比較的低いものでも金属を加工ができる能力を持ち合わせている。
では、発光エネルギーのピーク値が高いため、平均出力が比較的低いものでも金属を加工ができる能力を持ち合わせている。
レーザーの出力を示す値としては、平均出力、ピーク出力、発光エネルギー、発振周波数がある。
単位は、W(ワット)とJ(ジュール)のふたつである。
単発発光の場合には、エネルギー総量であるジュールで表し、1秒間に複数回のパルス発光があるときはその総量をまとめてワット(W= J/s)で表す。
パルスレーザーは、発光のピーク値が連続発光レーザーの出力値に比べて高いものの、平均出力はパルス幅とピーク出力の積、それに発振周波数分を加え合わせたものとなるので、低めに算出される。
平均出力が低いパルスレーザーでも発光自体はかなり強い光が出ているので取扱は慎重を要する。
平均出力が数W程度でもピークエネルギーが数十kWもあるパルスレーザーでは金属に穴をあけるだけのエネルギーを持っている。
Nd:YAGレーザーは、発振のしきい値が低く、発振ゲインも高いことから発振が比較的容易であり、連続発振のYAGレーザーではこのタイプのものが多く使われている。
発振出力は、100W程度のものが比較的簡単に得られ、発光効率も3%(30kWの電源)と効率が良い。
この種のレーザーで高出力の連続発振ができるようになったのは、何度も述べるが、励起光限に効率の良い半導体レーザーが使われるようになったからである。
半導体レーザーは白色光源と違って単色光出力であり、その上Nd:YAGレーザーの励起に必要な700nm、800nmの光を効率よく放射している。
したがって、余分な光や熱が出ないのでロッドを加熱することがなく、照射されるほとんどの光を励起光として使用できる。
効率がよいことは発振に必要な電源容量を抑えることにつながり、また発熱が抑えられることから冷却装置を簡単にすることができる。
これらのレーザーは、YLFなどを発振ロッドとした固体グリーンレーザーとして、大がかりな設備が必要なアルゴンイオンレーザーの替わりとして使われるようになっている。
パルス発振―Qスイッチ
上記で、YAGレーザーは、パルス発光と連続発光が可能であることを述べた。
パルス発光は、フラッシュ光源などを使って励起光源側で間欠光を作り高いエネルギーのパルス発振で作り出されている。
これとは別に光学系の(共振器)の発振条件を外部から人為的に操作して大きなエネルギーのパルス光を取り出す「Qスイッチ」と呼ばれる光学手法がある。
ジャイアントパルスと呼ばれるもので、殺人光線の由来にもなったものである。
Qスイッチレーザーは、レーザーがこの世で初めて発振された1960年の翌年に、Robert W. Hellwarthによって考案され、翌年1962年、ルビーレーザーを使って発振に成功した。
Qスイッチレーザーは、予め励起光源で反転分布を作り続け、光学シャッタにより一転してその分布を解除してやると、反転分布で貯まっていたエネルギーが雪崩のように誘導放出光として放出されるものである。
Q値は、Quality Factor Valueといって、振動工学の分野で使われる単位である。
物体には固有の共振値があり、Q値は共振のしやすさをいい表した単位として使われている。
この言葉が通信工学の分野でも使われ、電波の発振(共振)回路を作る際の発振周波数の度合いを表すのに使われた。
このQ値をレーザー工学にも取り入れて、レーザーの発振の度合いを表すようになった。
レーザー工学で使われるQ値は、レーザーを発振させる際の発振器の性能の目安になり、Q値が高いほど発振しやすい共振器を示す。
Q値はまた、共振器で失われるエネルギーに対する蓄積エネルギーの割合を表している。
このQ値を人為的に外部から操作して変化させることにより、レーザーの発振を行ったり止めたりすることができるようになる。
この操作を、Qスイッチと呼んでいて、高速でこの操作を行うことによってエネルギー密度の高い(ピークエネルギーの高い、もしくは尖頭値の高い)レーザー光を取り出すことができる。
YAGレーザーに使われるQスイッチ用の光学シャッタとしては、初期の時代には高速回転ミラーやポッケルスセルシャッタが使われ、最近ではAOM(Acoust-Optical Modulator=音響光学素子)が使われている。
Qスイッチによるパルス発光では、ピーク出力が10~100MWに達するものがある。
連続して数多くのパルス発光を促す発振では、1発当たりのエネルギーが400~1,800mJまで得られる。
ロッドを励起させる励起光源にキセノンフラッシュランプを使う場合は、フラッシュランプの発光周波数によってレーザーの繰り返し発光が決まるため、一般的に10~30Hz程度となっている。
1,000Hz以上の発振周波数を持つレーザーの場合、キセノンフラッシュランプでは応答しきれないので励起光源にクリプトンランプや半導体レーザーを用い、AOM光学装置でQスイッチを行い、1,000~50,000Hzのパルス発振ができるレーザーも開発されている。
レーザーの増幅/レーザー増幅器
レーザーは、高い光エネルギー密度が得られるのが特徴であり、高温加工分野などではレーザー出力を100W以上に上げたい要求も少なからずある。
100Wのレーザーはとても強力なレーザーである。
アルゴンイオンレーザーの項目でも説明したように、15Wのアルゴンイオンレーザーの光はもとても強い。
100W出力レーザーは、それよりも6倍以上の光エネルギーを持っている。
こうした大出力レーザーの要求は金属溶接などのレーザー加工機の熱源として使う場合に重要な要素となっている。
高温加工用のレーザーは、ピークエネルギーもさることながら平均出力の高いものが要求さ
れる。
レーザーは、単体では高い出力を得ることが難しいものの、レーザーを直列に配置して多段レーザーを組み上げることによりレーザー光を増幅して大出力のレーザーを作ることができる。
初段で励起されたレーザーは、次々に次段のレーザーキャビティに入射され、その都度、誘導放出光が導き出されて光の増幅が行われる。
大出力レーザーは一般的には馴染みが薄いものであるが、大出力のレーザー加工機を作る場合とか、金属を分離してプラズマを作るレーザー光が必要な時、もしくは、高温、高圧場を作る際の強力なエネルギー源を構築する場合、今述べた多段レーザーによるシステムが作られる。
大阪大学レーザー核融合研究センターで稼働している「激光」装置は、その好例といえるものである。
彼らの真の研究は、レーザー光の持つ高密度エネルギーを利用して物質をバラバラに分解して核融合を起こさせることである。
言ってみれば太陽の中心部の環境を作り出す装置である。
そうしたエネルギーを作り出す熱源としてレーザーはとても有効で(逆にいうとレーザーでしか実現できない)、大阪大学は、世界の最先端をいく大型レーザーを建設した。
そのレーザーは、大型建物1棟分(床面積120×60m)を占めるほどのものである。
「激光」と呼ばれているレーザーが、彼らが開発してきたレーザーである。
激光は、7号機まで進化発展を遂げた。
このレーザーの初段部は、レーザー径5mm、発光エネルギー10μJ、発振波長1.053μmの赤外発光レーザーである。
彼らは、この大型レーザーを構築するのにガラスレーザーを採用した。
この種火ともいえるガラスレーザー発振器から発したレーザー光を次々に増幅段に導き入れ、途中、増幅したレーザー光を12のラインに分け、さらに増幅を続けて雪だるま式に光エネルギーを蓄える。
増幅には約100台のロッド型増幅器とディスク型増幅器が使われている。
そうした増幅段を経たレーザー光は最終的には口径350mm、発光幅1~2ns、発光エネルギー25kJの光の塊となる。
種火が10μJであるから25億倍の増幅となる。
小さな種火がレーザー建屋を駆けめぐって巨大なエネルギー(光の塊)に成長する感じである。
レーザー光を大口径にするのも12ビームラインに分けるのも、巨大化するエネルギーで自らの装置にダメージを受けるのを防ぐためである。
分岐して増幅されたレーザー光は、最終的にターゲットチャンバに集められて集光される。
集光されたエネルギーは強力なものになり、核融合反応の実験に使われる。
ロッド型増幅器
固体レーザーによる増幅方式の中で最もシンプルな構成である。この方式では、通常のレーザー発振器の両端のレーザー共振器(ミラー)を外し、ロッド端面の蒸着処理も施さずに使用する。
ロッドの一方向からレーザー光の種火が入射し、ロッドを通過する過程で誘導放出を促しロッドから放出する時には入射光の何倍かになっているというものである。
こうしたロッド型増幅器を複数配置することによりレーザー光の増幅ができるようになる。
レーザー増幅はもちろん簡単なものではなく、各ロッド増幅器の光学アライメント調整は細心の注意が払われ、増幅器内の増幅度(G=ゲイン)が系の損失を十分に上回るものにならなければならない。
スラブ(slab)型増幅器
結晶面を平行四面体形状として媒質中(ロッド中)を伝わる光学パスを長くとった構造をしている。
媒質中をジグザグ状に幅広く伝搬することにより熱的な偏りがなくなり効率がよく、しかも品質が良い大出力レーザーができるようになる。
スラブレーザーは、高出力が要求される高温加工分野の熱源として期待され、国のプロジェクトにも指定されてレーザー加工機メーカ、電機メーカ、大学研究所の産学共同開発プロジェクトができている。
スラブレーザーの材質は、Nd:YAGで、これにポンプ光源として半導体レーザーを使って増幅を行う。
この増幅器は、電気―光変換効率が16%と高く、平均出力4kWのレーザーが開発されている。
ディスク型増幅器
レーザー光を極限のエネルギーとして使おうとする場合にレーザー光を何段にも渡って増幅し、エネルギーを強くしていく手法を取っているが、エネルギーが強くなると装置自体がそのエネルギーを扱えなくなるくらい強くなってしまう。
これを防ぐ一つの解決策として、レーザーを増幅していく過程で、ビームを拡げる手法がとられている。
ビーム径が大きくなれば単位面積あたりのエネルギー密度が下がり装置に与えるダメージが軽減される。
ディスク型増幅器(Disk Amplifier)は、大きな口径の円盤状の媒質(ロッド)で増幅を行う。
通常ディスク型増幅器は、何段にも並べて徐々に口径を拡げてレーザーの光出力を上げて行く。
この増幅器は一般に使われるものではなく、大阪大学レーザー核融合研究センターのような大規模なレーザー装置に使われている。
非線形光学素子(NLO=Non-Linear Optical Device)
YAGレーザーなどの赤外レーザー光を扱っていると耳にする言葉である。
この光学素子は、簡単にいえば赤外波長光を可視光に変換する光学結晶である。
外観は透明なガラス形状をしている。典型的な非線形光学結晶として、KDP(リン酸二水素カリウム、KH2PO4)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、BBO(BaB2O4)、KTP(KTiOPO4)、バナナ(Ba2NaNb5O15)、DKDP(KD2PO2)、ADP(NH4H2PO4)などがある。
非線形というのは、線形に対峙する言葉で、外部からの入力に対して1次式による比例した出力が得られない特性を持ったもの、という意味になる。
線形という言葉のわかりやすい例としては、バネにおける荷重とバネの伸びの関係がよい例で、バネにかかる加重でバネが伸び、この伸び量との比例関係を線形と呼んでいる。
バネの伸びは、しかしながら弾性限界以上の荷重では荷重に比例した伸びを示さなくなる。
この領域は、線形ではなく非線形となる。入力に対して期待する出力が直線関係(1次式で表せる比例関係)にないとき、この関係は非線形であるという。
光学結晶の場合、入力光を周波数で表すと、出力光が1次式で表せず、次のようにな。
出力=A(入力)+B(入力)2+C(入力)3
数学でいう2次式、3次式の関係ということができる。
入力が光の周波数(B・cosωt)として表されるとき上の2次成分は、cos2(ωt)となり、これは0.5cos(2ωt+1)に書き直すことができる。
つまり、非線形光学結晶では入射した光の1/2の波長、もしくは、1/3の波長成分光が出力されることになる。
これらの結晶を使った光の変換効率は、連続発振レーザーでは入力エネルギーの0.2~0.3%程度であり、パルス発振では30%程度といわれている。
X線で可視光を発する物質や、紫外線で蛍光を発する物質がある中、波長の長い光によって短い波長の光が出る物質が非線形光学結晶である。
発光の原理は、結晶内の発光素子が入射する光で励起されて基底状態に戻るとき、倍波長の光を発するものと考えられる。
非線形光学素子を使ったレーザー光の変換で、基本波長の半分の光を取り出すことを第2高調波(SHG:Second Harmonic Generation)、1/3の波長を取り出すことを第3高調波(THG:Third Harmonic Generation)、そして1/4波長を取り出すことを第4高調波(FHG:Fourth Harmonic Generation)と呼んでいる。
YAGレーザーは、1.06μmの赤外発光なので、可視光を得るときには、この非線形光学結晶を用いて、半分の532nm、1/3の354nmを得ている。
連続発振
Nd:YAGレーザーは、発振のしきい値が低く発振ゲインも高いことから、発振が比較的容易であり、連続発振のYAGレーザーではNd:YAGレーザーが多く使われている。
発振出力は、100W程度のものが比較的簡単に得られ、発光効率も3%(30kWの電源)と比較的効率のよいレーザーである。
この種のレーザーで高出力の連続発振ができるようになったのは、前にも述べたが励起光限に効率の良い半導体レーザーが使われるようになったからである。
半導体レーザーは白色光源と違って単色光出力で、それもNd:YAGレーザーの励起に必要な700nm、800nmの光を効率よく放射している。
従って、余分な光や熱が出ないのでロッドを加熱することがなく、照射されるほとんどの光を励起光として使用できる。
効率がよいことは発振に必要な電源容量を抑えることにつながり、また、発熱が抑えられることから冷却装置を簡単にすることができるようになった。
これらのレーザーは、YLFなどを発振ロッドとして固体グリーンレーザーという名称で、大がかりな設備が必要なアルゴンイオンレーザーの替わりとして使われるようになっている。
ロッドにNd:YAGでなくYLFが使われるのは、半導体励起光源とYLFの相性が良く効率よく発振するためである。