光のいろは

光を基礎から知るブログ

銅蒸気レーザー(Copper Vapor Laser)│構造、出力、応用

銅蒸気レーザー

高速度撮影用の光源として金属蒸気レーザーのひとつである銅蒸気レーザーについてその特性と撮影応用を紹介したい。

金属蒸気レーザーは、元をたどるとガスレーザーの分野に入る。

ヘリウム・ネオンのような希ガスレーザーやアルゴンのようなイオンレーザー、世の中に存在しないガスを創生するエキシマレーザーと同じ仲間で、金属をガス化してレーザーを発振させる。

これらのレーザーは真空容器(放電を行いやすくするためネオンガスがバッファガスとして封入される)の中で発振させるため高圧電源を必要とする。

金属蒸気レーザーの分野に属するレーザーで、高い発振周波数を誇るパルスレーザーである。

レーザーストロボとも呼ばれている。

金属(特に銅、金)を1,400度の融点近くまで加熱してレーザーチューブ内を金属蒸気で満たし放電を起こすと、放電による電子によって金属蒸気原子が励起され、それが基底状態に落ちる際に光を放出する。

金属レーザーでは、銅が安価で出力も強いことから銅蒸気レーザーが一般的である。

銅蒸気レーザーの発振波長は511nmと578nmの2波長で、蒸気温度によって発振比率が異なり温度が高いほど578nmの発振が強くなる。

金属蒸気レーザーは、金属を融点にまで加熱して蒸気を発生する必要上、レーザー発振までに1時間ほど必要とする。

冷えたチューブキャビティ内には金属粒が点在していて、チューブ内に封入されているネオンガスを仲立ちとして放電が行われる。

ネオンガスの放電によってプラズマチューブ内の温度が上昇し、金属が融点に達した時点(銅蒸気レーザーで約1,400度)でチューブキャビティに金属蒸気が充満し、レーザー発振が開始されるようになる。

銅蒸気レーザーは、発振ゲインが高く、プラズマチューブだけでもレーザー発振が可能である。

このことは、銅蒸気レーザーを多段に組み上げて大出力レーザーを構築する上で優れた特性となっている。

この特長を生かして、ウラン濃縮での同位体分離用光源として400Wのレーザーシステムが構築されている。

銅蒸気レーザーレイアウト

銅蒸気レーザーレイアウト

15W出力の銅蒸気レーザーでは、1パルス当たりの発光エネルギーが1.5mJであり(発振周波数10,000Hzの場合)、ピークエネルギーが70kWに達する。

ピークエネルギーが70kWという値はどういう意味をもっているのであろうか。

平均出力が15Wのレーザーは、実は、その5,000倍も強い光を出している。

ピークエネルギーを平均出力で割ってやるとその比が求まる。

1秒間に10,000回の割合で発光している銅蒸気レーザーの光は、発光時間が30nsと短いため、発光間隔と発光時間の比(これをDutyと呼んでいる。いわゆる隙間の間隔)は、1/3,333(0.03%)となっている。

こうしたパルス発光レーザーは急峻な強い発光をもったものであることがわかる。

したがって、平均出力が低くてもピークエネルギーが高いため、金属を容易に切断することができる。

太陽光をいくら集光しても金属を切断するとことは容易ではないが、15W出力のレーザーでは、ピークエネルギーが高ければそのような芸当が可能になる。

次に、銅蒸気レーザーのパルス光をアルゴンレーザーの連続光と比べて見る。

4WのアルゴンレーザーをAOM素子を用いて0.5μsのシャッタ操作を行う場合、そのエ
ネルギは、次のようになる。

 

4〔W〕×500×10-9〔s〕×0.8 = 1.6〔μJ〕

 

先に述べた10,000Hz発振、平均出力15Wの銅蒸気レーザーの光に比べて約1,000倍小さな値になる。

1,000倍の明るさと30nsパルスの短時間発光は、高速度カメラ用の光源、特にレーザーライトシート用の光源としては有効である。

銅蒸気レーザーがなぜパルス発振であるかの理由には、大きくふたつある。

ひとつには銅の蒸気圧力を一定にするためにはパルス発振が最も制御しやすいこと、もうひとつは、銅原子に電子を衝突させ上位レベルに引き上げるには強いピークエネルギーが必要なため、このエネルギーを得るためにはパルス発振によらざるを得ないためである。

パルス発振であることが逆に銅蒸気レーザーの特長になり、他のレーザーでは得られない応用を生み出すことになった。

パルスガスレーザーの心臓部―サイラトロン(Thyratron)

ガスレーザーを発振させるには、レーザーキャビティ内で強い放電を起こさせなければならない。

この放電を起こさせるためには、特殊な電気能動素子が必要となる。これがサイラトロンと呼ばれるものである。

サイラトロン(Thyratron)は、電子管(真空管)の一種で3極真空管の仲間である。

サイラトロンの構造は、一般の真空管に極めて似かよっており、ヒータ電極と制御グリッドから構成されている。

サイラトロン回路図

サイラトロン回路図

サイラトロンは、もともとはレーダの高出力変調素子として開発された。

高周波で高圧、大電流スイッチング(50kHz、20kV、1kA)を行う電子素子として、レーダ装置やX線発生装置に使われ、レーザーの分野でもエキシマレーザーやパルスYAGレーザー、銅蒸気レーザーなど高周波パルス発振を行うものに使われている。

余談であるが、半導体素子であるサイリスタ(Thyristor)は、3極真空管のサイラトロンからつけられた名前で、ゲート信号で電流を流したり止めたりする働きを持っている。

サイリスタは、1958年、米国GE社が開発したp型半導体とn型半導体をそれぞれ4層以上重ね合わせて作ったSCR(Silicon Controlled Rectifier)と呼ばれる半導体スイッチング素子の別名で、3極真空管サイラトロンに極めて似ていたことからサイリスタ(Thyristor)という言葉が生まれた。

サイリスタも高周波、高電圧、大電流制御を行う半導体素子で、電車のモータ制御に使用されているが、サイラトロンは、サイリスタよりもはるかに高い繰り返し周波数、高い電圧、大電流が要求されるところに使われる。

現在、レーザーの発振素子としてサイラトロンに変わるべく半導体素子の開発が進められているが、電子管(サイラトロン)を凌駕する性能と耐久性を持つものは今一歩の所にあるようである。

 

サイラトロン外観図

サイラトロン外観図

サイラトロンが一般の真空管と違っているのは、チューブ内部に少量の水銀が封入されていることである。

また、高周波応答用のものにはチューブ内に水素が封入されている。

サイラトロン内の水素のガス圧を一定に保つため、リザーバーとしてリチウムハライド化合物が電子管内部に組み込まれている。

リチウムハライド化合物は一種の水素吸蔵合金で、ヒータによって一定の温度が保たれ、チューブ内の水素ガス圧を一定に保つようになっている。

サイラトロンに水素ガスなどのバッファガスを封入する目的は、素子に流れる電流特性(容量)を向上させるためである。

熱陰極から放出された熱電子は、雪崩効果(Avalanching)を引き起こすため、いったん流れ出した電流を迅速に止めることは困難である。

封入したガスは、この雪崩効果を抑制しスイッチング機能を向上させる働きを持つ。

つまり、サイラトロンのグリッドに正の電圧が加わったとき(電流が流れるとき)、イオン化された水素ガスがカソードの回りに集まり電荷キャリアを増加させる働きがあり、サイラトロンの2番目のグリッドのスイッチ機能がOFFになる際には、アノードに印加されている高電圧がカソードに飛び火しないようにシールドする効果をもたらしている。

こうした効果は、サイラトロンのスイッチング性能に格段の効果をもたらした。

サイラトロンの寿命は、チューブ内に封入された水素がチューブ壁に吸収され、リザーバーからの水素供給がストップされたときとなる。

この寿命として、10,000時間程度が一般的であるが、銅蒸気レーザー用では高周波数発振のため寿命は短くなり、1,000~3,000時間となる。

寿命がきたサイラトロンはスイッチングが正常に行われずレーザー出力が低下し、正常な発振ができなくなる。

サイラトロンは、保守部品としては比較的高価である。

銅蒸気レーザーは、サイラトロン、銅、ネオンガス、レーザーチューブなど、他の固体レーザーに比べて保守費用がかかるため、極めて限られた範囲でのみその役割を果たしていて、多くは、固体レーザーや半導体レーザーに譲りつつある。 

レーザー光源の応用例

 金属蒸気レーザーは、取扱が難しく運用費用もかかるので市場を席巻するには至っていない。

そういう事情もあってか、レーザーに関する日本語の学術図書の中で金属レーザーについて述べられているのは皆無である。

しかしながらレーザーストロボといわれるだけあって流れの可視化をはじめとした高速度カメラ用光源としては貴重な光源であり、かつレーザーライトシート、光ファイバ光源、色素励起光源としてヨーロッパや米国の研究機関ではよく使われている。

以下に、銅蒸気レーザーと高速度カメラを使った応用例とレーザー光の応用例を紹介する。

(1)レーザーライトシート撮影

レーザー光を薄い光の膜状にして流体を照らすと流体の断面が浮き上がって見えるようになる。

この手法をレーザーライトシートという。

この手法は、映画館などの映写機からの光線が場内のゴミやチリを浮き上がらせるのと似ていて流れを可視化する手法として使われる。

この手法は、微小な物体を側面からの光で照射し、90°方向に散乱する反射光で撮影を行うため、ライトシートは強い光でないと十分な露光が得られない。

銅蒸気レーザー光は、ピークエネルギーが70kW、発光時間30nsと強いパルス光のため、下の図に示すような高速流体の挙動撮影を可能としている。

レーザー光による高速撮影(レーザーライトシート)

レーザー光による高速撮影(レーザーライトシート)

この写真は、高速噴流体に蛍光トレーサを入れレーザーライトシート手法により、7,000Hzで10パルスの多重露光を行ったものである。

粒子が流れて見えるところが速度が速い部位である。

(2)内燃機関燃焼可視化撮影

ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの噴霧燃焼撮影では、燃料噴射から火炎の拡がる状況を高速度カメラを使って微細に観察している。

エンジンの回転数は、1,000~3,000rpmでこの回転域でクランクアングル1度~3度単位で撮影を行っている。

この際のカメラ撮影速度は、7,200~21,600コマ/秒である。下の写真は、可視化ディーゼルエンジン(ピストンに石英窓をつけ、エンジン面下方から燃焼室内を撮影)を用いて撮影された、燃料噴射、着火、燃焼撮影画像である。

レーザー光による高速撮影(ディーゼルエンジン燃焼)

レーザー光による高速撮影(ディーゼルエンジン燃焼)

カメラは16mmフィルム高速度カメラを用い、高速度カメラの撮影速度に同期してパルスレーザーを発振させている。

レーザー光は、光ファイバを通して撮影窓から筒内を照射している。

(3)天体観測用大気補正ガイドレーザー

スペースシャトルで打ち上げられた大型天体望遠鏡「Hubble」は、大気の揺らぎの影響を受けない極めてクリアな画像を地上に送っている。

天体望遠鏡を地上に設置する限り、時々刻々変動する大気の密度変化による画像劣化は避けられない。

大気の揺らぎを光学的に積極的に補正するシステム(Adaptive Optics)が完成し、地上に設置した天体望遠鏡でも解像度の高い天体撮影が可能になった。

Adaptive Optics は、天体望遠鏡の主鏡(primary mirror)を300程度の小さな鏡のセグメントに分け、それぞれに角度調整用のアクチュエータが取り付けられている。

このアクチュエータが大気の揺らぎの情報を受け結像波面が均一になるように調整される。

プライマリミラーを構成するセグメントミラーの角度を制御するため大気の揺らぎ情報を得るのが、天文台から夜空に放射されるレーザー光である。

大気圏外100kmに拡がっているナトリウムイオン帯(薄膜、Sodium ion belt。小隕石が落下する際の焼失で生成される)に向かって放射された光が、ナトリウムイオンで散乱され、同じ天体望遠鏡に戻される。

この間、大気の揺らぎによってレーザー光波面が歪む。

歪んだレーザー光の波面データをコンピュータによってリアルタイムに主鏡にフィードバックさせ大気の揺らぎを補正する。

レーザー光による光学補正(adaptive optics)

レーザー光による光学補正(adaptive optics)

(4)マイクロマシニング加工用レーザー

ピークエネルギーの高いレーザーは、スポットビームにすると金属を精密よく加工できる光源となる。

可視光を発生するレーザーは、被切削部である金属への吸収が高いため効率よい熱伝達が可能となる。

ピークエネルギーが高いパルスレーザーでは、金属を瞬時に切断することが可能で、セラミクスやアルミニウム、ダイヤモンドなど通常の熱源では不可能な材質を、シャープな断面形状で深く加工することができる。

下のサンプルは、シリコンに空けられた150μm径の穴である。

レーザー光による加工(マイクロマシニング)

レーザー光による加工(マイクロマシニング)